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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)3032号 判決 1972年9月29日

第三〇三二号事件原告(第四七五九号事件被告) ソニー株式会社

右代表者代表取締役 井深大

右訴訟代理人弁護士 馬場東作

同 福井忠孝

同 佐藤博史

第三〇三二号事件被告(第四七五九号事件原告) 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 小池通雄

同 向井武男

同 坂井興一

同 高橋融

同 浜口武人

主文

一  第三〇三二号事件原告(第四七五九号事件被告)と第三〇三二号事件被告(第四七五九号事件原告)との間にパートタイマーとしての雇用契約関係が存在しないことを確認する。

二  第四七五九号事件原告(第三〇三二号事件被告)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第三〇三二号、第四七五九号事件とも、第三〇三二号事件被告(第四七五九号事件原告)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一第三〇三二号事件について。

一  被告が昭和四〇年五月八日、原告会社に男子パートタイマーとして、雇用期間を二ヶ月、賃金は時間給と定めて雇用され、本社品川工場に勤務し、その後引続き期間満了の都度二ヶ月間の雇用契約が更新されてきたこと、原、被告間に締結された最終の、昭和四五年一月一六日付契約により、雇用期間は同日から同年三月一五日までと定められていたところ、原告は右契約を更新しなかったことは当事者間に争いがない。

二  まず原、被告間の男子パートタイマー雇用契約の法的性質(期間の定めのある契約か否か)、契約内容について検討する。

1  ≪証拠省略≫を綜合すると、以下の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(一) 原告会社は、本社工場(品川)および隣接工場(羽田、大崎、芝浦)における日々変動する製品の出荷業務―運搬、梱包、発送、倉庫管理等の業務―に備えて、当初は五反田公共職業安定所を介し、男子日雇労働者を雇入れ、その後会社規模の拡大、製品の急増の結果、職業安定所に必要氏名を通告するいわゆる「指名雇用」に切換えたが、昭和三五年頃にいたり、さらに企業の急激な発展に伴なうこれら業務の繁忙に対処するため、これら作業にみあうよう一定期間を限ってではあるが、原告が直接雇入れ、雇用の安定を図る必要が生じ、また付随的に正規従業員の労働力を補充するため、製造に付属する比較的単純、反覆的で補助的な作業にもこれら男子を配置する必要も出てきたので、雇用期間を二ヶ月とする男子パートタイマー制度を設けた(名称はパートタイマーであるが、男子の場合、勤務時間は正規従業員と同様、午前八時三〇分から午後四時三〇分まで、実働七時間が原則であり、その実態は臨時工である。)。ちなみに被告が入社した当時、原告は新聞の求人広告で男子パートタイマーを「運搬、梱包係その他」ないし「補助作業員」として募集していた。原告は、男子パートタイマーの雇入については、正規従業員に対する入社試験とは異なり、面接や身体検査による詮衡を経て採用し、採用が決定すると、勤務期間、勤務の種類、勤務時間、賃金等の労働条件を記載した採用通知形式の書面を当該パートタイマーに交付していた。右書面には、契約の更新について特段の記載はなかった。

(二) 男子パートタイマーの採用、退職状況の推移は、本社工場の場合、昭和三六年一二月にはじめて三名が採用され、昭和三七年度は二月から一一月までほぼ毎月一名ないし三名程度の採用にとどまっていたが、昭和三八年以降採用者数も漸増する一方、退職者も出るようになり、毎月若干の変動を示しながら在籍人員は逐次増加し、被告が入社した昭和四〇年五月当時は一三一名が在籍し、同年度前半は応募者も多く入社人員も毎月二〇数名以上であった)、昭和四二年二月には一六九名と最高を記録した。

その間昭和四〇年後半頃から、労働市場、雇用形態の変化に伴ない、応募者数も減少し、かつ応募者の質的低下がみられるに至り、他方原告は、後記のように昭和四〇年、四一年頃から中高年正規従業員を採用しはじめ、好評であったので、昭和四二年七月以降パートタイマーの新規採用を中止するに至った。

それと同時に原告は、従来男子パートタイマーが従事していた職務の一部について機械化を進め、また独立性を有するものについて訴外ビルド・サービス株式会社その他に委託するなどした。新規採用をやめた当時の在籍者数は九一名であったが、その後僅かづつ退職する者が続き昭和四五年一月当時六四名が在籍するにとどまり、そのうち一八名が六〇才以上の高令者であった。

男子パートタイマーは仕事が単純で飽きを生じ、雇用の不安定感や正規従業員に比し低い賃金等に対する不満もあって退職しあるいは他に就職するまでの暫定的職種として利用するものも多かったため、前記のように在籍者数の変動はかなり激しかった。

しかし他面、原告側において、出勤率が低く、勤務成績の悪い者、社外で破廉恥な非行を犯した者について契約を更新しなかった例も数件あったが、昭和四三年頃以降で業務上必要でないとして契約更新がなされなかった例は余りみられず、契約更新を反覆する者もかなりあり、昭和四五年一月当時の在籍者六四名の平均勤続期間は被告も含め四年近くに及んでいた。

契約更新に当っては、原告会社勤労部人事担当課長から所属長に対し電話または口頭で、継続雇用の必要性の有無を確め、所属長においてその必要を認め、かつ本人の承諾をえた上、人事係へその旨連絡すると、人事係では、採用時と同一様式の、雇用期間、賃金等労働条件を明示した書面を作成して、これと同係にある台帳に割印を施した上、雇用期間満了の前々日、前日ないしおそくとも満了日当日には、所属長を経由して本人に交付するという方法がとられ、この手続は常に履践されており、被告に対する二八回に及ぶ契約更新についても同様であった。

(三) 男子パートタイマーは前記のように制度発足の当初から主として運搬、梱包関係の補助的作業に従事し、前記のように在籍者数が最高を記録した昭和四二年七月当時も、その過半数は右作業を担当していたが(たとえば、大崎工場では、一〇名中九名が右作業に従事していた。)被告らのように製造部門に配置され、製造工程の各種業務に従事する者もみられた。

もっとも出荷に関連する製品の検査業務に従事した場合も、主要な電気的検査は正規従業員が行ない、男子パートタイマーはスイッチを入れたり、マニュアルやアクセサリーが入っているかどうかを点検する等単純、反覆的作業を担当しており、製造工程に付属する各種業務についても、パートタイマーの担当業務はおおむね単純、反覆的なものであった。被告は入社と同時に本社工場第三製造部(現在の工作部)第二課のモーター製造工程の特機班に配属され、主として、テープレコーダー用モーターの注型業務や回転子コーティング業務等に従事したが、第二課内での部品の運搬、通函の整理等の雑役的作業にも従事した。被告の勤務期間中における業務内容は次のとおりである。

年月 期間 業務内容

四〇年五月~七月      三月 注型の一部、雑用

四〇年八月~四一年四月   九月 回転子コーティング

ハイドリング接着

マグネット軸挿入

四一年五月~七月      三月 注型業務

四一年八月~四二年一〇月 一五月 回転子コーティング

四二年一一月~四三年八月 一〇月 注型業務

四三年九月~四四年九月  一三月 部品の運搬、通函の整理、部品の洗滌

四四年一〇月~四五年二月  五月 注型業務、通函の整理

四五年三月       〇・五月 VTRカメラの組立

右のうち、注型業務は、モーターの回転子のコイルを、ポリエステル樹脂を注入して固める作業で、特機班は主として、当時既に本生産をやめアフターサービスの補修用にごく少量生産していたD一〇三Gモーターの生産を担当していて、被告もその注型業務を担当したがその外D三〇二G、D四〇三Gのモーターの注型業務も行なった。これらをあわせても全体のモーター生産に占める割合はごく少なかったが、注型業務は被告一人が担当し、被告が他の作業に従事する間は、正規従業員やI・S(インダストリアル・スチューデント)が担当していた。

被告の退職後、この業務は下請会社に回され、その際の実習期間は二日を要したにとどまる。もっとも、被告は、D一〇三Gモーターの注型業務は反覆的に行なうことができたが、他の機種については、治工具、金型の不備を補う苦労をしたり一日の所定労働時間内に一日の目標数を達成するため作業手順を工夫したり、樹脂の注入、恒温槽での硬化のための加熱、クリーニング等の作業にも被告なりの配慮、工夫をし、それなりの成果を挙げた。

(四) 原告は、男子パートタイマー制度の右のような行詰りの情況を考慮し、昭和四〇年、四一年に製造部門に付帯する業務に従事させるため、試験的に四五才以上の中高年男子を、入社試験を経て正規従業員として約三〇名採用したところ、配置先の職場からよく働くと好評であったので、それ以後その採用を積極的に進め毎月新聞紙上で公募した。この応募者は、男子パートタイマーの応募者数と対照的に極めて多く、競争率も高かった。

昭和四五年末当時、本社、隣接工場関係で正規従業員約四、〇〇〇名のうち、中、高年正規従業員は約三五〇名となっている。

中高年正規従業員には、男子パートタイマーからの応募も認め、昭和四一年に四名、同四二、四三年に各五名、四五年に四名が合格して正規従業員となった。被告も昭和四三年八月に一度右試験に応募したが、不合格となっている(このときのパートタイマーからの応募者は四、五名で二名が合格した。)。

(五) 原告会社には昭和三五年頃から、製造工程の一部の単純作業や福利厚生施設の業務に従事する、期間二ヶ月の女子パートタイマーが雇用されていたが、殆んど主婦で、契約更新を重ねて長期勤続する者が多く、従業員中に占める割合も増大してきたので(厚木工場では約四割に達した)、原告は昭和四三年一月に、雇用期間六ヶ月のソニーコーポレーター(略称S・C)制度を設け、SC候補として二ヶ月の雇用期間を経、または期間を更新したものの中から試験を経て、従来の女子パートタイマーの殆んどがS・Cとなった。原告会社では、有期雇用者としてはほかに、インダストリアル・スチューデント(略称I・S、定時制高校通学者で雇用期間一年)嘱託(雇用期間一年)がいたが、昭和四四年末当時で、有期雇用者は、S・C、同候補が大部分で、男子パートタイマーは最も少ないグループとなっていた。

これら有期雇用者に対してはそれまで正規従業員の就業規則の一部が適用されていたところ、原告は昭和四四年一一月に有期雇用者就業規則を制定実施した。右規則は、第一条で、その適用対象者たる有期雇用者を定義して、(所定の詮衡手続を経て)「一年以内の期間の雇用契約を締結し、会社の業務に従事するものをいう」と規定し、第四三条は解約について定め、一項は、契約期間満了に際し、事前に予告することなく雇用契約を更新しないことがある。」とし、二項は(1)心身の故障のため業務に堪えられないと認めたとき、(2)技術又は能率が著しく低劣のため就業に適しないと認められたとき、(3)事業の縮少又は業務の都合によって剰員となったとき、(4)略、の各号の一に該当する場合における、契約期間中における解約を定め、第四四条は前条二項による解約の場合の三〇日前の予告(ないし三〇日分の平均賃金の支給)を定め、その他第四八条は、懲戒処分の一種として即時解約について規定しているが、契約の更新手続等については特段の規定はなく、退職一時金に関しては、原則としてS・Cを対象とする慰労金支給の定めがあるにとどまる。

2  以上認定の事実関係からすれば、被告らを含む男子パートタイマー雇用契約は、少なくとも契約当初においては、雇用の理由、動機、募集、採用手続、担当すべき労務の内容等の面からみて、景気変動に対応する雇用調整の見地から、また主として運搬、梱包等の補助作業、あるいは製造部門の一部ないしそれに付属する比較的単純反覆的で、補助的な作業に従事させることにより正規従業員の労働力不足を補填するために、一定期間を限って締結された「期間の定めのある」雇用契約と認めるほかはない。被告主張のように、勤務時間の点からすれば、世上いわゆるパートタイマーの名にそぐわないが、要は常傭的臨時工である。

被告は、被告らの担当した業務は原告会社にとって必要不可欠であり、長期継続すべき性質のものであるから、雇用期間を形式的に定めたにすぎない旨主張するが、被告らの業務がそのようなものであったにしろ、有期の雇用契約を締結するか否かは原告会社の雇用政策の問題であり、契約意思いかんにかかるところ、前記認定の事実関係からすれば、原告の明示の意思にかかわらず、期間を形式的なものとする当事者の黙示の意思を推認することは困難であるし、契約の更新が単に形式的なものであったとも認められない。また原告会社においてある程度長期の契約継続を予想していたといえても、当然に契約が更新されるものとする暗黙の合意が存したと認めるべき証拠もみあたらない。

被告は長期にわたる契約の反覆更新の事実や正規従業員と差異のない業務内容からみて、法的に「期間の定めなき」雇用契約に転化しているとも主張するが、有期の雇用契約が反覆更新されたという事実のみから「期間の定めなき」契約に転化すると解すべき根拠は見出し難いばかりでなく、そのように転換をした契機、時期も明らかではない。

また被告ら男子パートタイマーの業務内容が正規従業員のそれと差異がないと断ずることは困難である。たしかに被告の場合、製造工程に属する注型業務やコーティングの業務に相当期間従事しており、また正規従業員もそれら業務を担当した時期があったことは先に認定したとおりであるが、正規従業員がたまたまその作業に従事した限りにおいて、両者の業務内容に差異がなかったというにとどまり、被告は雑役的、補助的業務にも相当期間携わっている外、勤務時間中の作業内容にはかなり変遷がみられること前認定のとおりであって、被告の場合においても総じて正規従業員の業務内容とは一線を画されていたと認めざるをえないのである。

しかして、本件の場合、右のような有期雇用契約が反覆更新され、いわゆる常傭的臨時工という実態を呈していたところ、原告は右契約を終始有期の契約として認識、把握し、運用していたのであり、このことは昭和四四年一一月男子パートタイマーをも対象として有期雇用者就業規則を制定実施し、これを適用したところからもうかがい知られるところである。

被告は、さらに、本件パートタイマー契約は、形式的に期間を定めその身分を理由に正規従業員を差別し、劣悪な労働条件を押しつけることを狙いとしたとか、労働法規の制約を免れるための脱法的意図がある旨主張する。しかしながら原告会社における男子パートタイマー雇用契約の脱法性を認めるに足りる証拠はみあたらないし、かかる常傭的臨時工制度が社会的に多くの問題を包蔵するにしろ、前認定のところから、企業経営上全く存在理由を欠くとか、合理性がないとか断ずることも困難といわざるをえない。

三  被告は「かりに、本件雇用契約が有期のものであっても、本件のように雇用期間が長期にわたり反覆更新せられ、被告において使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には、使用者が契約の更新を拒絶することは、実質上解雇と同視すべきであり、原告の本件更新拒絶は信義則違反ないし権利乱用に当たり無効である」旨主張する。このように、労働者に契約更新についての期待権を認め、期間満了の際も契約終了のためには、使用者の更新拒絶の意思表示を要し、これについて実質上解雇と同視すべきものとする被告の立論の当否については論議の余地のあるところであるが、その点は措き、本件の具体的事実関係に即して、被告の主張の当否について検討する。

1  ≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を認めることができ、前掲証拠中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

(一) 原告は、前記のような男子パートタイマー制度の推移、パートタイマーのうちに、六〇才以上の者がかなり増えてきたこと、中高年正規従業員の採用、S・C制度の新設等の情勢にかんがみ、昭和四四年夏頃から男子パートタイマー制度廃止の方向で、勤労部において人事担当課長を中心に本格的に検討をはじめ、現場の意見をも徴した上、同年未に成案をえた。そして、原告は人事管理上雇用形態を簡素化して従業員間にみられる身分的差別感を除き、雇用の安定を図って、従業員の士気、熱意を向上させ、作業能率を向上させるために、昭和四五年一月はじめ頃男子パートタイマー制度を次のように三月一五日かぎり発展的に解消するとの方針を決定し、一月九日勤労部荒木田課長らは各職場長に対し、右方針について説明会を行なった。すなわち

(一)(1) 当時在籍の男子パートタイマーのうち、満六〇才以上の者については、契約更新を行なわず、二月一五日をもって解約する(契約終了とする)。ただし、職場ないし本人の都合により雇用期間を延長することもある。

(2) 満六〇才未満の者のうち、四五才以上五〇才の者については中高年正規従業員あるいは嘱託のいずれか、本人の希望する職種の登用試験を受験でき、それ以外の者は嘱託の登用試験を受験できる。受験しない者、不合格の者については、契約の更新を行わず、三月一五日をもって解約する(契約終了とする)。ただし職場ないし本人の都合により雇用期間を延長することもある。

(3) 退職者については勤続年数により三万円から五万円(契約期間六期で一万円の基準)の一時金を支給する。」

荒木田課長らは一月一三日には、芝浦工場、羽田工場の男子パートタイマーに対し、翌一四日には、本社工場および大崎工場の男子パートタイマーに対する説明会をそれぞれ実施した。

本社工場の男子パートタイマーに対する説明会は、満六〇才以上の者と、六〇才未満の者とに分けて行なわれ、荒木田課長は六〇才以上の者一八名に対しては、前記のような男子パートタイマー制度の発展的解消の趣旨を告げ、二月一五日をもって勇退して貰いたいと述べた。これに対し出席者側からは、夏期賞与支給の関係もあるので、解約を六月まで延期してほしいとの要望が出されたが、原告側では既定の方針でもあり、有期雇用者就業規則には規定はないが、退職一時金も出す、就職の斡旋もするとして右要望を容れなかった。(原告は現に五名を協力工場に再就職させた。)

一方被告を含む六〇才未満の者四六名に対する説明会では荒木田課長から、前記のようにパートタイマー制度の廃止、登用試験を経て中高年正規従業員ないし嘱託に登用すること、不合格者等について三月一五日かぎりでパートタイマー雇用契約を更新せず契約を終了させることを告げ、右登用試験の手続、内容、登用後の労働条件等を説明した。出席者側からは「試験は難しいですか」等という質問がなされこれに対し荒木田課長が「ソニーにいる人なら誰でもできますよ」と答えた程度で、格別の要望や質疑応答もなかった。

(二) 被告は当時満四九才で、正規と嘱託のいずれをも受験できたが、一月一六日所定の手続に従い、原告に対し中高年正規従業員登用試験に応募する旨の受験申込をし、同年二月三日他のパートタイマーとともに受験した。

試験の内容は、正規、嘱託とも共通で、労働省編一般職業適性検査、社内事務に関する一般常識テスト、面接および健康診断からなり、さらに所属長の人事考課出勤率を加えて綜合的に登用の適合を判定するものであった。

このうち社内一般常識テストは、原告会社の事業内容、製品、労働条件等に関する知識に関する一〇問からなり、五肢のうち正解一を選択させるものであったが、原告としては問題がいずれも本社ニュース、ソニー週報等に掲載されていて従業員一般に周知されていることがらであるから、原告への関心の度合を調べる意図から他面在籍期間の長いパートタイマーにとり、有利になるようにとの配慮によるものであった。被告の場合、このテストの結果は一〇点満点で三点と受験者中最低の成績であり(受験者の平均点は六・三点であった)、職業適性検査の結果も普通よりやや劣っていた。

被告に対する所属長の人事考課は、被告の所属する工作二課の石塚課長が、堀江課長補佐、鈴木、田中各係長代理らと相談の上査定したものであるが、業務評価と特別評価からなり、前者については、七項目を五点満点で採点し、職務遂行上の速さ、正確性が二点(劣る)であった外、正確性および信頼、整理整頓・節約観念、執務態度、誠実・責任感、職場内の規律を守り、良好な慣習の形成への貢献、組織尊重・他人との協力の点はいずれも三点(普通)であり、特別評価として、管理者への協力・技能習得への熱意の点は二点満点で零点となっており、以上を合計すると、三二点満点で一七点という査定がなされ、正規登用についてのコメントとして、「パートであるという前提に立てば、日常の業務の上で特に支障はない。正規ということになると是非という感は少ない。」と記されていて、正規登用についてやや消極という評価であった。右の人事考課は一月三一日に石塚課長から勤労部人事係へ提出されていた。

最後に、被告に対する面接試験は勤労部人事係の岡係長が最初に行ない、次いで荒木田課長が行なった。同課長らは受験者の正規従業員としての適性を人物を中心に評価したが、適確な応答に乏しく積極性に欠ける印象をもった外、原告会社の正規従業員としての適性について、消極的評価を下した。

かくして原告は、荒木田課長を中心に以上の試験結果、人事考課を綜合判断した上、被告を不合格と判定した。

ちなみに六〇才未満の男子パートタイマー四六名のうち、七名が受験を放棄し、正規には七名受験し四名合格、嘱託には三二名受験し、二二名合格という結果であった。

(三) 原告は、被告に対し二月一四日付書面で、右登用試験に不合格となったことおよび雇用契約は三月一五日をもって満了となる旨を通知し、右書面は同月一六日被告に到達した。

被告は、不合格通知を受けたのち、二月一七日頃石塚課長の指示に基き内倉係長から、就職斡旋の依頼や退職時期の延長の希望の有無を問われた際、原告側の配慮を断った上、「今後は朝日新聞の方で働く。三月一五日退職しても心配はない」旨答え、同月二六日石塚課長も被告からこのことを確認した。しかるに翌二七日朝にいたり、被告は従来の態度を急変させ石塚課長に対し「右試験の実施は違法だ、不合格は納得出来ない」等と詰問し、人事考課の内容についても追及してきた。その後原告側が再三にわたり被告本人やソニー労組役員らに対し、男子パートタイマー制度解消の経緯、被告の試験成績等について説明し笹本勤労部長から被告を再雇用する意思のないことを明かにしたが被告は納得せず、期間満了後も原告会社で働くとの意思を表明し続け、退職一時金の受領を拒んだ。原告は、三月一九日付で三月分の賃金を被告宅に郵送するとともに、「退職一時金は勤労部人事係で保管していること、退職手続をすませること、三月一六日以降許可なく会社事業場内へ立入ってはならない」旨の内容証明郵便を被告に送った。

2  以上の事実関係に基づいて、考えるに、

原告において、前記認定のように、男子パートタイマー制度の発展的解消を図ろうとした意図、方法は、それが労働法規の脱法的意図に出たものでないかぎり、企業経営における人事、雇用政策上の許容された裁量ないし自由の範囲を逸脱するものとは断じ難く、しかして、原告の右措置につき、右のような脱法的意図を推認しうる証拠もみあたらない。

そして、被告を含む当時在籍の六〇才未満の男子パートタイマーは原告が一月一四日になした告知により男子パートタイマー制度が昭和四五年三月一五日かぎり廃止されること、つまりパートタイマー雇用契約はすべてその時点で終了し、原則として契約の更新はなされないこと(したがって、右告知は第一次的なパートタイマー雇用契約の更新拒絶の意思表示と解せられる。)、中高年正規従業員ないし嘱託の登用試験を受験して合格すればあらためて、そのときに正規従業員ないし嘱託としての雇用契約が締結されることを認識し、受験を放棄した七名を除く三九名が原告の右告知に対し、格別の異議も述べることなく、正規や嘱託の登用試験を受験したものであることは、前認定のところから明らかである。

そうすると、被告らがパートタイマーとしての雇用契約について三月一六日以降契約の更新を期待することに合理性があったとは認めることはできない。

被告は、実質上「期間の定めなき雇用契約」に転化していたパートタイマーの雇用実態から、右試験は形式的なものであり、あるいは、労働者に解雇に相当するような著しい労働力の瑕疵が認められない限り、合格させるべき義務があり、新たな雇用形態の下で雇用を継続すべきであったし、現に被告を含む受験者は当然合格できるものと信じていた旨主張する。しかし、パートタイマー契約の実態およびその法的性質については既に説示したとおりであって、被告の主張は前提において失当であるし、登用試験が原告において、長期間勤続したパートタイマーを対象とするところからできるだけ採用する方針で、試験内容について配慮したことは前認定のとおりであるが、被告主張のような形式的なものでなかったことは原告の前記パートタイマー制度発展的解消の意図、方法等から明らかであり、中高年正規従業員の適性については、男子パートタイマーにより一段高い水準を要求されること、その他被告の場合昭和四三年八月に一度受験して不合格となったた経験を有すること等前認定の事実から考えれば、被告が右試験に当然合格でき、新たな雇用形態の下で雇用の継続を期待することに合理性があるとも認めがたい。

さらに前記認定事実からすれば、本件登用試験の方法や採否の判定が、客観性、正確性ないし公平性のいずれかに欠けるなど不当なものであったとは認められない。

被告は、右試験は形式的なもので、本来の登用試験ではないから、解雇事由に相当するような著しい労働力の瑕疵がないかぎり「不合格」とすべきではなく、原告の示した被告の各種試験結果はいずれも右の意味で「不合格」理由とはなりえない旨主張する。しかし、右試験が被告主張のような形式的なものでなかったことは既に認定説示したとおりであり、原告が前認定のような被告の試験成績を綜合判断して「不合格」を判定し、中高年正規従業員としての採用を拒否したことは不当とは断じがたく、被告の右主張は採用できない。

そして原告は被告に対し、不合格通知の直後、被告が希望すれば退職後の再就職の斡旋や雇用期間の延長も考慮する旨申出たが被告は一旦は退職すると述べ、原告の右申出も断りながら、二月末にいたり、不合格は納得できないとの態度をとり、その後の原告側の説明にも納得せず、三月一六日以降も就労するとの態度を表明し続けたことなど、前記認定のような事実関係からすれば、原告の本件更新拒絶が信義則に違反するとは断じがたく、権利乱用に当たるとも認められないから、被告の主張は採用できない。

してみれば、原告と被告との昭和四五年一月一六日付の雇用契約は同年三月一五日の経過とともに終了したものというべきである。本件の場合、労働基準法第二〇条(第二一条)が類推適用されるとしても、原告が一月一四日にした三月一五日をもってパートタイマー制度を廃止する旨の告知は、二月一六日にした不合格通知と相まって、同条にいう「予告」と解しうるから、三月一五日までに同条所定の予告期間は経過しているものと認められる。

四  被告は原告との雇用契約の終了を争い、なお雇用関係が存続していると主張し、原告会社、構内に立入るなど抗議行動を続けていることは当事者間に争いがない。

しからば、原、被告間の雇用関係の不存在確認を求める原告の本訴請求は理由がある。

第二第四七五九号事件

一  主位的請求について。

1  請求原因1項ないし3項の事実は当事者間に争いがない。

2  被告は、原告が昭和四五年一月一四日に被告らにした中高年正規従業員登用試験実施の告知は、著しい労働力の瑕疵があることを解除条件とする中高年正規従業員雇用契約締結の申込みであり、原告がこれに応じ同月一六日にした右試験受験の申込みはその承諾と解すべきで、被告の右受験の申込みをした日に原被告間に右雇用契約が成立し、被告に著しい労働力の瑕疵がないことが判明した二月一四日頃に解除条件が不成就に帰し、右雇用契約は確定的に効力を生じた旨主張する。

しかし第一において認定説示したところからすれば、被告の右主張は独自の見解であって、被告の右受験申込みは雇用契約締結の申込みと解する外なく、原告において被告に対し合格と判定通知しなければ、右雇用契約が成立するいわれはない。そして前記のとおり原告が二月一六日に本件被告に対し不合格の通知をしたことにより、被告の右雇用契約締結の申込みは失効したことは明らかである。

他に原、被告間に被告主張の雇用契約が成立したことについての主張、立証もない。

してみれば、右雇用契約の成立を前提とする被告の主位的請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  予備的請求について

原、被告間の昭和四五年一月一六日付雇用契約が同年三月一五日の経過をもって期間満了により終了したことは、第一において認定判断したとおりであって、右契約の存続を前提とする被告の本件予備的請求も爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三結論

以上の次第で、第三〇三二号事件原告(第四七五九号事件被告)の本訴請求は正当であるから、これを認容し、第四七五九号事件原告(第三〇三二号事件被告)の本訴各請求は、いずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川正昭)

<以下省略>

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